「テントじゃなくてタープで寝る」への不安と興味
フロアレス泊に感じていた不安
テント泊に慣れた登山者にとって、「フロアレスのタープで寝る」という発想は、少し極端に感じるかもしれません。地面むき出し、虫や雨への不安、風にさらされる心細さ…。頭ではULスタイルの合理性を理解しつつも、「本当に大丈夫なのか」という戸惑いが先に立つ人も多いはずです。
私もそのひとりでしたが、Black Diamondの「ベータライト」に出会ってから、そんな迷いが少しずつ薄れていきました。カムやクイックドローを作り続けてきたクライミング寄りのブランドが、本気で設計したタープシェルター。そのコンセプトや実際の張り心地、そして一晩過ごしてみて感じた解放感と弱点を、登山目線で正直にレビューしていきます。「テント以外の選択肢が気になっているけれど、一歩踏み出せない」という方に向けて、ベータライトとフロアレス登山のリアルをお届けします。
「フロアレスで寝るって、正直ちょっと怖くない?」
登山仲間がタープ泊を始めたころ、私が一番に感じたのはこの不安でした。
- 地面がむき出し=虫やヒルが入り放題では?
- 雨が降ったら泥だらけになるのでは?
- 風が強いとき、本当に守ってくれるの?
頭では「UL(ウルトラライト)スタイルは身軽で自由になれる」とわかっていても、テントのフロアという「最後の防御」を手放すのは、なかなか勇気がいります。
それでもタープ泊に惹かれた理由
それでも興味が勝ったのは、テント泊のたびに感じていた小さなストレスが積もっていたからです。
- いつもテント泊装備でザックがパンパン
- テント場まで行かないと安心して泊まれない
- 夏場はテント内が蒸れて寝苦しい
- 歩きたい稜線があっても、テント場からの距離で妥協してしまう
「もしタープで軽くなれば、もう少し先の稜線で朝日を見られるかも」
そんな気持ちで、フロアレス泊に一歩踏み出すことにしました。
UL界隈では、レイ・ジャーディンの本などをきっかけに「ベースウェイトを極限まで削る」という思想が広まり、コロナ禍以降のソロ登山ブームも相まって、日本でもフロアレス+ULザックのスタイルが一気に身近になりました。
それまで「玄人だけの遊び」という印象だったタープ泊が、身近な山友達の間でも普通に話題にのぼるようになり、「テント以外の選択肢」を真剣に考えるきっかけになりました。
なぜBlack Diamond「ベータライト」だったのか
ULタープは各社からたくさん出ていますが、その中でBlack Diamond「ベータライト」を選んだ理由は3つあります。
1. 登山寄りの信頼感あるブランド
ブラックダイヤモンドは、クライミングギアやULザック「Beta Light 45」など登山寄りのギアで評価が高く、「ガチな山用」という安心感がありました。
カムやクイックドローのような命綱ギアからスタートしたブランドだけあって、「悪天候の稜線でも裏切らない道具を作る」というイメージが強く、レジャー寄りのタープとは一線を画して見えました。
2. しっかり「シェルター」として使える形状
ただの平たいタープではなく、専用形状のシェルタータイプであることも大きなポイントでした。
入口の高さを調整すれば、風や雨をかなり防げる構造になっていて、初タープ泊には心強く感じました。
ベータライトは稜線ビバークを想定した「山の屋根」として作られていて、ペグダウンのポイントやパネルの角度も、雨の流れや風の受け方を計算した造りになっています。
3. 将来のULスタイルとの拡張性
同じ「Beta」シリーズのULザック(Beta Light 45など)と組み合わせることで、全体のパッキングを軽く・シンプルにまとめられるイメージが湧いたことも大きな決め手でした。
ベータライト45はフレームレスで約500g台・45Lクラスと、テント山行向けULパックとしてかなり突き抜けたスペックです。
「ザックもシェルターも“Beta”で揃えれば、サブ6kgのテント泊も現実的だな」と具体的に想像できたのは大きかったです。
Black Diamond「ベータライト」とは? 登山スタイルを変えるULタープの正体
スペックと特徴(重量・素材・サイズ感・対応人数)
モデルや年式によって細かな仕様は異なりますが、ベータライトのイメージはおおよそ次のとおりです。
- 重量:本体のみで約500g前後(ペグ・ポール除く)
→ 最近のULバックパックと同等か、それ以下の重さで、ザックの外付けでも気になりにくいレベルです。 - 素材:軽量かつ強度のあるナイロン系素材(RobicナイロンなどのUL向けファブリック)。防水コーティング済で、シームテープで防水性を高めているモデルが多いです。
ULザックのBeta Light 45と同様、210DクラスのリップストップやRobicナイロンをベースに、裏側に防水コーティングやフィルムをラミネートすることで、軽量性と耐久性・防水性のバランスを取っています。 - サイズ感:基本は2人用想定。ソロならかなり余裕があり、2人だとちょうど良いくらい。
- 対応人数のイメージ:
- ソロULなら「豪華1人用」
- 2人なら「ストイックだけど現実的なシェルター」
ポール2本(トレッキングポール流用可)で立ち上げる前提のタープ型シェルターで、入口の高さ・角度で開放感から防御力まで調整しやすいのが特徴です。
ブラックダイヤモンドは「ギアの軽さだけでなく、機動性と悪天候耐性のバランス」にこだわるブランドなので、ベータライトも単なる軽量タープというより「UL版の山岳シェルター」という性格が強いと感じます。
テントとの違いは? フロアレスのメリットとデメリット
ベータライトの最大の特徴は、フロアレスであることです。
フロアレスのメリット
- とにかく軽い・コンパクト
フロアがない分、生地量が減るので軽量になり、そのぶんザックや食料・水に重量を回せます。
ザック側もBeta Light 45のようなサブ600gクラスにすると、「ザック+寝床」で1kg強という世界になり、ULハイカーが目標にするサブ5kgベースウェイトにもぐっと近づきます。 - 設営・撤収が速い
ペグダウン → ポールで立ち上げ → テンション調整、で完了します。慣れれば5~10分程度です。
テントのようにポールスリーブに通したりフライを被せたりする工程がないので、悪天候時ほどこのシンプルさが効いてきます。 - 泥・砂・落ち葉を気にせず使える
テントのフロアを傷つけないように気を使う必要がなく、多少荒れた地面でも気楽に張れます。
ULテントの薄いフロアは穴あきリスクとの戦いになりがちですが、フロアレスだと「グラウンドシートで調整すればOK」と割り切れるのが気楽です。 - 開放感と「外とつながっている」感覚
地面が見える分、自然と一体感があります。夜空や風の変化を感じやすいのも魅力です。
フロアレスのデメリット
- 虫・ヒル・小動物が入りやすい
夏の低山など、エリアによっては対策をしないと快適とは言えません。
日本だと特に梅雨〜真夏の低山はヒルも多く、「季節と標高を選ぶ」ことが重要だと感じました。 - 地面からの冷え・湿気を受けやすい
グラウンドシート+マットをしっかり整えないと、背中が冷えたり地面からの湿気が気になったりします。
逆に言うと、ここをしっかり作り込めば、フロアレスでもかなり快適な「ベッド環境」が作れます。 - 完全密閉ではない安心感のなさ
「壁とフロアで囲われている」という心理的安心感は、どうしてもテントに軍配が上がります。
この「開放感と不安」がセットでついてくるのが、フロアレス泊の特徴です。
ULギアのレビューでも、「軽さによる快適さ」と「守られていない感」の両方をどう捉えるかが、評価の分かれ目になっていると感じます。
「Beta」シリーズ全体の中でのベータライトの立ち位置
Black Diamondの「Beta」シリーズといえば、
- ULバックパックの Beta Light 45 / 30
- 同系統の軽量ULギア
などが代表的です。
その中でベータライトは、
- 「寝る場所」を司るギア
- バックパックの軽さを最大限活かすためのシェルター
という位置づけになります。
Beta Light 45のようなフレームレスULザックは本体重量が500g台で、タープ泊と非常に相性が良い構成です。
ザック自体もロールトップ+シンプルなポケット構成で、UL素材を使いつつ、防水性と耐久性を両立した設計になっています。
パックもシェルターも「Beta」で揃えると、装備全体のコンセプトが揃い、UL志向の山行が組み立てやすくなります。
さらにブラックダイヤモンドは、トレッキングポールやヘッドランプなども含めた「山のULエコシステム」を展開しているので、
- ベータライト(シェルター)
- Beta Light 45(バックパック)
- BDのポールやライト
といった形で揃えていくと、「軽くて機動的な山行セット」をブランド横断で構築しやすいのも特徴です。
初めてのフロアレス泊準備編:不安をつぶす装備と心構え
どんな山行に向いているか(コースと季節の選び方)
初タープ泊でベータライトを使うなら、次の条件を意識すると安心です。
- 季節
- 初回は「残雪のない春~秋の涼しい時期」
- 虫が少ない標高帯(1,500m以上)だとさらに快適です。
- コース
- テント指定地もしくはその近くで、緊急時は山小屋にも逃げられるルート
- 風が抜けすぎない、樹林帯のあるエリアから始めると安心です。
- 泊地
- 水場が近いこと(無駄に歩き回らないため)
- ある程度平らな場所が複数候補としてあること(設営練習も兼ねて)
いきなりアルプスの稜線ど真ん中でのビバークは、さすがにハードルが高いです。
まずは「万一ダメなら山小屋やテント場に逃げられる場所」で、タープ泊の感触をつかむのがおすすめです。
最初はテント泊装備をULザックに入れてみて、次のステップでシェルターもUL化する、という流れで慣れていく人が多いので、いきなり全てをUL化せず、ベータライトもまずは“実験的導入”として使ってみると精神的にも楽だと思います。
ベータライト+αの装備リスト
ベータライト本体以外に、最低限そろえておきたい装備は次のとおりです。
- グラウンドシート
ポリクロス、タイベック、薄手のシートなど。寝るスペース+荷物部分をカバーできる最低限のサイズでOKです。 - トレッキングポール 2本
ベータライトの支柱になります。長さ調整がしやすいものが便利です。
ブラックダイヤモンドは自社のポールも豊富に出しており、「ポール兼シェルターのフレーム」という使い方を前提にした強度と軽さのバランスが取られています。 - ペグ 8~12本
風が強い山域を想定するなら、しっかり刺さるアルミ or チタンペグを用意しておきたいです。 - シュラフ(寝袋)
テント泊と同等の保温力は必須です。フロアレスだからこそ、余裕を持ったクラスを選びたいところです。 - マット
インフレータブル+薄いクローズドセルの二重構成にすると、冷えと凹凸に強くなります。 - 虫対策
メッシュインナー、もしくは顔だけ覆えるバグネット。
夏の低山でなければ、メッシュの小型ネットや虫よけでなんとかなる場合もあります。 - レインウェア・防寒着
タープ泊は気温変化をダイレクトに受けるので、余裕を持ったレイヤリングが安心です。
テントより軽量になるとはいえ、「寝るための必須機能」は自前で用意する必要があります。
その意味で、ベータライトは「自分で泊地環境をデザインするギア」だと感じています。
同じULコンセプトのBeta Lightザックも、フレームレスである代わりにパッキングの工夫が求められるギアなので、「自分でつくり込んでいく」スタイルが好きな人ほど相性が良い組み合わせだと思います。
天候・風向き・地形のチェックポイント
タープ泊では、いつも以上に自然条件の読みが重要になります。
- 天気予報
降水量だけでなく「風速」「風向き」をチェックします。
風速10m/sが予想されるときは、初タープ泊なら日程をずらすレベルです。 - 風向き
稜線や谷の形から、風の抜ける方向を想像しておきます。
ベータライトの入口を風下に向けるのが基本です。 - 地形
沢筋のすぐそば・谷底は、増水・冷気溜まりが怖いので避けます。
雨が降ったときに水が集まりそうな「窪地」もNGです。
緩やかな尾根の肩や、樹林帯の中のわずかな平坦地が理想です。
この「天気と地形の読み」を身につけていく過程こそ、フロアレス泊の醍醐味でもあります。
軽い装備ほど、地形と天候判断のスキルが重要になるというのを、実際に強く実感しました。
実際に山で張ってみた:設営プロセスとコツ
設営にかかった時間と手順
初回の設営でかかった時間は、ざっくり15分前後。
慣れてからは、風がなければ10分以内で張れるようになりました。
手順は次のとおりです。
- サイト選定
できるだけ平らで、石や枝を避けた場所を選びます。 - グラウンドシートを仮置き
寝る位置をイメージしておきます。 - タープを広げて四隅をペグダウン(仮)
完全にテンションをかけず、仮止めにとどめるのがポイントです。 - トレッキングポールをセット
前後2本を決めた高さで立ち上げ、タープを持ち上げます。 - 入口側・後方のテンション調整
入口の高さ・張り出し具合を決めながら、ペグ位置を微調整します。 - サイドを追加ペグダウン
風や雨を考慮しつつ、しわがなくなるよう引っ張ります。
プロセス自体はシンプルですが、「どこまで入口を開けるか」「どれくらい低く張るか」で性格が大きく変わるので、ここが面白くもあり、悩みどころでもあります。
なお、フレームレスULザック(Beta Light 45など)の場合は、中身をうまく詰めておかないと自立性が落ち、設営中にザックをどこに立てておくかも地味に悩むポイントでした(木に立てかけるか、地面に寝かせるかなど)。
ポールの長さ・位置で変わる居住性
ベータライトは、ポールの長さと位置調整が快適性に直結します。
- ポールを高めにすると
入口が高くなり、開放感が増して出入りも楽になります。
その代わり、風の吹き込みや雨の吹き込みリスクも増えます。 - ポールを低めにすると
室内高は下がりますが、風雨への耐性が上がります。
悪天候が予想されるときは「低め+ペグ多め」が安心です。 - 前後のポール位置の微調整
前後の高さに差をつけることで、結露水の流れ方や、室内での体の置き方が変わります。
ソロで使う場合は、「入口側をやや高め、後ろを低め」にして、
- 出入りしやすく
- 頭側の空間に余裕を持たせ
- 足元側を風雨に強くする
というバランスが取りやすいです。
ブラックダイヤモンドのトレッキングポールは調整幅が広いモデルも多いので、「日中はポールとして短め、夜はシェルター用に長さを変える」といった使い方もしやすく、ポール+シェルターのセット運用のしやすさも感じました。
風・雨を想定した張り方と失敗例
風・雨に強い張り方のコツ
- 入口を風下に向け、可能なら樹林帯の中に張る
- 全体をやや低めにして、サイドもできるだけ地面に近づける
- 入口をフラップ状にして、雨の吹き込みを最小限にする
- ペグの数をケチらず、サイドも含めてしっかり固定する
実際にやらかした失敗例
- 入口を高く張りすぎて、夜中に風が吹き込み寒くて目が覚めた
夕方は無風でも、夜中に風が変わることがあります。「見た目より実用」を優先すべきでした。 - 地面の傾斜を読み違え、夜中にマットごと滑った
グラウンドシートを敷いたときに「ちょっと傾いてるけど大丈夫か」と妥協した結果です。
こうした失敗も含めて、ベータライトは「その日のコンディションに合わせて形を変えられる」タープらしさを楽しめるシェルターだと感じました。
軽量ギア全般に言えることですが、“ユーザー側のスキルと工夫”が前提のギアだと思います。
一晩過ごしてわかった、フロアレス×ベータライトのリアル
地面むき出しの「開放感」と「虫・湿気」の現実
実際に一晩過ごしてみて感じたのは、
「テントより一段階、自然に近い」という感覚でした。
開放感
- 地面とつながっている感覚が不思議と心地よい
- 夜中に目が覚めたとき、すぐ外の音や気配がわかる
- 朝、タープの入口を開けなくても、うっすら空の明るさを感じられる
虫・湿気の現実
- 夏の低山では、やはり虫が気になる場面もありました
→ メッシュインナーやバグネットがあると安心度が全然違います。 - 霧雨の夜は、地面からの湿気がじわりと上がってきました
→ グラウンドシートとマットの組み合わせが重要だと痛感しました。
総じて、「何も対策しないと不快」「対策さえすれば快適」というのが正直なところです。
軽さは正義ですが、コンフォートを削りすぎると結局パフォーマンスが落ちる、というのを身をもって感じました。
雨・結露・風音…夜のコンディション別の体感
- 弱い雨
ベータライトの形状のおかげで、直接の雨は問題ありませんでした。
テントと同じ感覚で眠れます。 - 風+小雨
入口側を低めにしていたおかげで、吹き込みは最小限。
生地が風で鳴る音はテントと同程度ですが、「外がダイレクトに近い分、少し緊張感がある」という印象です。 - 結露
内側の結露はそれなりに付きますが、フロアレスなので「床に水が溜まる」ような不快さはありません。
タープの内側に触れないように過ごせば、シュラフまで濡れることはありませんでした。
軽量素材ゆえにある程度の結露は「仕様」と割り切る必要がありますが、そのぶん乾きも早く、朝日が当たればさっと乾いてくれるのも好印象でした。
睡眠の質の違い:テント泊との比較
- テント泊
「守られている安心感」が強く、爆睡しやすい一方で、夏場の蒸れや狭さからくる窮屈感があります。 - ベータライト泊
自然の音や変化をよく感じるぶん、最初は少し神経質になりますが、慣れてくると「自然と一緒に寝ている」ような感覚が心地よくなってきます。
軽くなった荷物のおかげで行動中の疲労が減り、その意味では睡眠の質もトータルではプラスに働いていると感じました。
フロアレスのベータライト泊は、「軽さ」と「解放感」をくれる一方で、テントほどの安心感はありません。虫や湿気への備え、天候・地形の読み、グラウンドシートやマットの組み合わせなど、自分で快適さを組み立てる前提の道具だと感じました。
ただ、荷物が軽くなることで歩ける範囲が広がり、テント場に縛られずに「ここで夜を迎えたい」と思った場所に近いところで眠れるようになったのも事実です。ベータライトは、そんな自由さを現実的な範囲で味わわせてくれるULタープでした。
テントの安心感に慣れた身からすると、フロアレス泊の一歩目は少し怖いものです。それでも、条件を選び、装備と張り方を工夫しながら試してみると、「地面むき出しで寝る」ことへのハードルは思った以上に下がっていきます。テントの次の一手として、ベータライトを入り口にしたフロアレス泊を選択肢のひとつに加えてみる価値はあると感じました。